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実録 営業担当者こぼれ話

 

第一話 「入社・・・ツールエンジニアとして」

東京営業部販売課長 板橋秀道
 

 工業大学を卒業して、東京本社事務所配属から私の社会人生活が始まりました。入社当時は当然社会経験が無いので、なんでも知っている先輩に日々ぴったりと張り付いて、当時独身寮から共に出勤し、遅い帰宅まで一緒に過ごしていたと思います。帰宅が遅いのは仕事もあったと思いますが、夜はパチンコ、マージャン、居酒屋を繰り返していたような・・・しかし、社会を知るためには、出来るだけ会社の人と付き合うべきだと思います。会社というのは常にコンペチター(ライバル会社)との戦いであり、同じ会社の人は、自分を助けてくれる戦友、仲間ですから・・・ 私は技術系ということもあって、セールスエンジニアの仕事をしていました。

ユーザーの現場を診断するということは、決して楽ではありません。あくまでもお客様の都合が第一優先ですし、コンペチターともいたるところで遭遇します。自社の製品がうまくいっているときは優越感すらありますが、逆に納期、価格、性能でうまく行かない時などは落ち込むこともあります。

セールスエンジニアと言えば技術が先に来ますがあくまでもお客様に満足頂いて結果となりますから、結局は人間(お客様)相手の仕事です。  ・・・と偉そうに言っていますが、私は大学卒業時は自分でも恐ろしいくらい成績が悪かったと記憶しています。

切削工学研究室出身なのに、切削とか、機械工具とか、加工とか、言葉の意味すら怪しかったのです。卒業論文発表で「鋼(ハガネ)」を「コウ」と読んで、教授に「もう一年やるか」と言われたくらいですから。(7年は勘弁して!!!)。それがどうでしょう、入社後の技術勉強によって、今ではこの業界ではバリバリの講師までやっているんですよ。。。

こんな私がシンガポールに駐在(7年間)していたことがあります。何をしていたか?答えは、日本となんら変わらない仕事です。住友の工具をPRして、売って、フォローして、お客様の満足を得ることです。ただ日本と違うのは、チョット暑い、お客様がチョット外人、社員もチョット外人、くらいですか・・・

 まじめな話、海外でも日本企業は凄いですよ。いたるところに日本製品(車、電化製品、雑貨など)が浸透しています。現地で工場を建て、製造して、販売しているリーダー格は皆日本の会社から来た、普通の会社員です。当社も例外ではありません。海外での日本の企業数は数え切れません。例えば、シンガポールから出張でマレーシアに行く飛行機なんかは、座ると周りが日本人のビジネスマンだらけということも珍しくありません。

皆さん英語はどうですか?私も勿論ネイティブではありませんが、これから海外活動は当然の時代になると思います。海外向けの仕事を避けて通れない時代になります。私は海外赴任の経験を通して、たくさんの外国の友人ができました。私の大きな財産です。若い皆さんは、これからの時代を生き抜くため、とにかく英語の勉強をしましょう。どの世界でもきっと役に立つはずです。

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